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ドーム形建物の起原 新疆ウイグル自治区で見つかるモスク,お墓,メドレス(宗教学校)などは,屋根が
ドームの形をしていて,ドームのことをウイグル語でペルシャ語からの「Gumbez,グ
ムベズ」と言いますから,一部の人(特に外国人)はドームの形をしている建物
を「イスラム様式」の建物と思っている。
1976年アクス地区Kelpin(ケッルピン)県「五一人民公社」内のキジルタグ山口
にセメント工場を造る時,土層から三つの陶器の入れ物(人の灰を入れた箱,日本語で舎
利箱?)が出土して,自治区博物館へ持ち帰られた。
これらの舎利箱は紀元Y−[世紀のトルコ人の墓形の一つである。この時代にはア クス地区は西トルコ文化の中心で,当時はトルコ人は遺体を燃やして埋葬していた。 (「周書」,「北朝史」,「隋書」などに記載された突厥についての章をご覧下さ い。)遺体の灰を入れる箱は古代ウイグル語で「Chadar,チャダル」と言う。文 献に載っているこの単語を「Chadir,チャディル」,「Chedir,チェ ディル」とも発音する。{(A.Fon.Gabayinの「古代チュルク語文法」,1974年 Wisbadin(Visbadin?)出版社,333ページ(ドイツ語)} 古代クセン(クチャ,日本語で亀慈国)で紀元前後に掘り始めた千仏洞の建築様式
はChedir形に属する。紀元V世紀に属する洞窟の壁画にもChedir形の絵
が載っている。トルファン盆地の古墳の一部分はChedir形地下建物に属する。
地上に残っているIdikut(高昌)古城にもChedir形建物の壁跡がある。
火葬に慣れないトルコ人は,お墓の形を生きている時に住んでいた家と同じ形で造って
いた。古代トルコ文字にもChedirの形に似ている文字が三つあって,家の意味
をあらわします。古代クセン(亀慈)のお坊さん達もこんな建物をChadra
(チャドゥラ),Chatya(チャットゥヤ)と呼んでいた。
Chedirという単語は[−]世紀のウイグル語の仏教文献に「Chadar」
と載っている。11世紀(1075年)にMahmud.Kashgariが作った
「トルコ語大辞典」(1981年,新疆人民出版社,ウイグル文,528ページ)に
「Chater(チャティル)と書いて,Chacher(チャチル)とも言う,O
guz(オグズ,トルコ部族の名前)人はChashir(チャシル)と発音する」
と書いてある。チャガタイ語(13〜18世紀のウイグル古典文学語)で,Chdr
と書いていたが,発音はChadir,Chedirです。
結論: ウイグルなどトルコ人は,イスラム教が中央アジアに伝わる前から、自分の家, お墓,洞窟,舎利箱などにドームを含めたChedir形の建築芸術を用いてきた。 (1999.11.15受、11.17掲) |